インジェニュイティ」(Ingenuity)という名のNASAの小さなヘリコプターが、早ければ4月上旬に火星の空を飛びます。もし成功すれば史上はじめての地球外での動力飛行(どうりょくひこう)になります。1903年にライト兄弟が地球ではじめての動力飛行をして以来の、歴史に残る快挙となるかもしれません!

この記事ではインジェニュイティの重要なポイントをわかりやすく解説します。

インジェニュイティは火星までヒッチハイクで行きました。自力で行ったのではなく、火星ローバー・パーサヴィアランスのお腹の下に、まるで赤ちゃんのようにへばりついて行ったのです。下の写真は地球からの打ち上げ前、パーサヴィアランスがカプセルに収納される時にお腹の下からとった写真です。折りたたまれてへばりついているインジェニュイティが分かりますか?

ローバーが火星に着陸したときは、小石やダストから守るためカバーでおおわれていました。3月21日にカバーが外され、インジェニュイティがお腹の下にぶら下がっている様子が見えるようになりました。

ローバーはここから数日かけて別の場所まで走ったあと、インジェニュイティを地面に下ろします。

インジェニュイティを飛ばす場所は、ローバーが着陸した地点のすぐ隣です。着陸後、ローバーは北東に数十メートル走り、カバーを捨てた後に着陸地点に戻ってきました。インジェニュイティの飛行中にカバーが視界に入らないようにするためです。このフライト・ゾーンは、去年に亡くなったNASAジェット推進研究所の職員の名前が付けられました。

インジェニュイティがローバーから切り離されたら、いよいよフライトです!

火星の重力は地球の約3分の1です。地球では1.8kgあるインジェニュイティは、火星では600gの重さになります。しかし火星の大気の濃さは地球の約100分の1しかありません。さらに困ったことに、火星での音の速さは地球よりも遅いのです(温度が低い上に空気の主成分が重たい二酸化炭素なので)。でもどうして音速がヘリコプターと関係するのでしょう?音速が遅いと、プロペラを高速で回した時に失速しやすくなってしまうのです。そのためできるだけ軽く、シンプルな機体で、大きな揚力(ようりょく、上むきの力)を生めるような工夫が必要になります。

よく見ると、インジェニュイティは普通のヘリコプターとちがい、プロペラが二重になっています。なぜでしょう?

もしプロペラが一つしかなかったら、空中でヘリコプターはプロペラの方向とは逆向きにクルクル回ってしまいます。地球のヘリコプターは、しっぽのような尾翼の先に小さな横向きのプロペラがあって、回転しようとする力(トルク)を打ち消しています。

インジェニュイティは2組の同じ大きさのプロペラが上下に重なっています。上のプロパラは反時計回り、下のプロペラは時計回りに回転します。こうすることで2組のプロペラがお互いのトルクを打ち消してくれます。シンプルな仕組みで大きな揚力を得ることができます。

この小さな機体には、「スナップドラゴン」と呼ばれる、携帯電話に使われる超小型コンピューターが搭載されています。

インジェニュイティはとても小さいので、地球と交信するための大きなアンテナは積めません。ではどうやって地球から指示を出したり、データを地球に送ったりするのでしょう?

火星ローバー・パーサヴィアランスが「中継基地」として機能するのです。地球からの指示はまずパーサヴィアランスへ送られ、そこからインジェニュイティへ転送されます。逆にインジェニュイティからのデータはパーサヴィアランスへ送られ、さらに火星の人工衛星を中継して地球に届きます。まるでバケツリレーのようですね。

電力はどこから得るのでしょう?火星では、そこらへんのコンセントに差して充電するわけには行きません。

上の写真をよく見ると、プロペラの上に長方形のお皿のようなものがあります。これが太陽電池です。フル充電すると、約90秒飛ぶことができます。その間に写真と取り、安全な場所に自動で着陸します。

たったの90秒!そう思うかもしれません。飛行距離は最大で300メートル、飛行高度は最大で5メートルほどです。

でも思い出してください。歴史に残る1903年のライト兄弟の初飛行は、飛行時間12秒、飛行距離はたったの37メートルでした。それが、現代のすべての飛行機の出発点だったのです。

そして、『宇宙の話をしよう』の5章に書かれているロケットの父・ゴダードによる世界初の液体燃料ロケットの飛行も、飛行時間2.5秒、飛行距離はたったの56メートルでした。それが、現代のすべてのロケットの出発点だったのです。

4月上旬に予定されているたった90秒の火星の飛行も、一台のヘリコプターにとっては小さな一歩ですが、人類にとっては大きな飛躍になるかもしれません。

 

Images: NASA/JPL-Caltech